6-1 線路の共振
6-2 電磁波の漏れ
伝送線路が整合してゐない場合、その長さが1/4波長になる周波数の整数倍(1倍、2倍、3倍…)の周波数で共振現象を起こす。
共振とは回路のリアクタンスが0か無限大になる状態のことであつた(2-2)。以下伝送線路のインピーダンスが周波数によつてどう変化するか見る。
先端をどこにも接続せず開放した伝送線路を考へる。先端は不整合であるのでそこで信号が反射される。
ここではt=1.6mmのFR-4の基板に約50Ωのマイクロストリップラインを長さ163mm形成する場合を考へる。
線路の設計はAgilent AppCADで行つた。
W(幅)=3.0mm、H(基板厚)=1.6mm、L(長さ)=163mm、T(銅箔厚)=0.035mm、 (比誘電率)=4.9としてZ0=47.79Ω。この長さがλ/4になる周波数は241MHzであつた。
この線路を電磁界シミュレータSonnetに入力しインピーダンスの周波数特性を描画した。
この図の左端にある四角に1の印は観測点を示す。
約240MHzでZ=0、直列共振。2倍の周波数約480MHzでインピーダンスが非常に高くなる、並列共振。
約720MHzで再びZ=0に。約960MHzでインピーダンスが非常に高くなる。
線路が1/4波長になる周波数で最初の共振が起こる。続いてその整数倍の周波数で共振現象が起こる。最初の共振は直列共振で次に並列共振が起こり交互に発生する。
インピーダンスの内、リアクタンスのみを表示させる。リアクタンスが0と極めて大きい状態を交互に繰り返してゐる。
この共振現象は信号の反射を原因としてゐる。伝送線路の先端が線路の特性インピーダンスで終端されてゐると反射が起こらない。従つて共振は起こらない。
実際の回路では線路の先にICの入力端子がつながつてゐる。ICの入力端子は抵抗とコンデンサが並列になつたものと等価である。IC入力の抵抗分は伝送線路の特性インピーダンス(~200Ω程度)に比べ遥かに大きい(100kΩ以上)。そのため無視することができる。結局、線路の先端にコンデンサがつながつてゐると見なせる。
線路の先端にコンデンサがあると、開放の場合に比べ共振周波数が低下する。前節の回路の先端に5pFが付いたものでは共振周波数が200MHzまで低下する。線路の先端がハイインピーダンスの部品に接続される場合では、共振周波数を伝送線路単体より低く見積る必要がある。
前節の例は、伝送線路に信号源が接続されてゐる場合であつた。今度は信号源が接続されてゐない場合を調べる。両端が接続されてゐない孤立線路、両端がグラウンドに接続されてゐる線路、片側だけグラウンドに接続されてゐる線路を調べる。
前節で実験した線路の仕様を基に構成する。約47.8Ωの線路に信号を伝送させ先端を50Ωで終端する。ここではこの線路を主線路と呼ぶ。主線路に接近させて三種類の副線路を配置する。いづれも線路の幅は3mm、長さ40mm。主線路との間隔は0.5mmとした。
これを電磁界シミュレーターに計算させ、主線路の伝送特性をみる。信号源から抵抗までどれだけの量が伝はるかといふことである。
このグラフは横軸が周波数、縦軸は抵抗への通過量である。
主線路の伝送特性は右下がりになつてゐる。これは主線路から見て副線路が、グラウンドとの間に配置した並列コンデンサに見えるためである。従つて周波数が高いほどコンデンサにエネルギーが流れ負荷に伝はらない。またインピーダンスが乱れ不整合を起こしてゐる。
このグラフに特徴的なのは約1960MHzでの落ち込みである。この周波数では抵抗に伝はる電力が急激に約3dB小さくなつてゐる。約50%の電力が負荷に伝はつてゐない。
この約半分のエネルギーは二手に取られた。
一つは副線路と平行する部分で信号源に反射された電力である。この周波数ではインピーダンスの乱れが大きくなり反射が増える。
もう一つは副線路に吸収される電力である。副線路は1960MHzで共振しエネルギーを蓄積してゐる。下の図は1960MHzの信号を線路に加へたときの線路の電流分布である。主線路に流れるより大きな電流が副線路に流れてゐることが赤い色からわかる。
主線路の中央から左側は周期的な色の変化が見られる。これは反射により発生した定在波を示してゐる。
因みに共振が起こらない周波数の信号では、副線路に電流は流れず濃い青のままである。
1960MHzは副線路がλ/2になる周波数である。一般に両端が開放された線路はその長さがλ/2になる周波数とその整数倍の周波数で共振する。
次に両端をグラウンドに接続した副線路の場合をシミュレーションする。若干周波数は下がるが約1940MHzで共振現象が起こつてゐる。(グラウンドに接続するバイアホールの長さのため)
電流分布は両端開放の場合と異なり、両端が赤くなつてゐる。両端開放の場合は中心が赤くなる。電磁波の乗り方が逆になつてゐる。
三つ目は片側だけをグラウンドに接続する場合である。
約980MHzで共振してゐる。この周波数は副線路がλ/4になる周波数である。一般に線路の片側をグラウンドに接続する場合は、最初の共振周波数の奇数倍の周波数で共振する。
意図せず成立してしまつた共振現象により伝送すべきエネルギーが反射されたり、共振した線路に大きなエネルギーが溜められそこから電波として輻射され妨害を与へる事態が予想される。
ベタグラウンドに配置するバイアホールの間隔は、λ/2共振を考慮して決める必要がある。1GHzまでの不要輻射の可能性があれば、共振周波数が1GHzを超えるやうに1GHzのλ/2以下の間隔でバイアホールを配置する。
伝送線路はエネルギーを伝送するための線路であり電磁波を輻射するものではない。しかし線路からの漏れが存在する。例へばマイクロストリップラインの電磁界には基板の外にはみ出す電気力線と磁力線が存在する。漏れ電磁波の偏波は水平成分が強い。
マイクロストリップラインの電磁界
平行線路にも漏れが存在する。平行線路は、一つの線から電磁波を輻射してゐるが、反対側の線から逆方向の電磁波が輻射されてゐるためそれらが打ち消し合ひ、線路としては輻射が少なくなつてゐる。
しかし線の間隔が広がると電磁界の打ち消しが不完全になり漏れが増える。下の図は平行線路の断面で見た電気力線である。電荷量は間隔が狭いときも広いときも同じである。
漏れる量は、信号の波長に対する線路間隔の比によつて決る。同じ間隔でも50ヘルツ交流に対する時と1GHz交流とでは漏れる量は変化する。勿論1GHzは波長が小さいため漏れは多くなる。
平行線路の電流は逆方向
(実際は正負の電荷が対になり右に同時進行してゐるが、負電荷が右に進むのは、正電荷が左に進むのと同じことであるから、電流が逆方向であるとする。)
以下の電気力線の図は Physics Software の Electric Field による
図 16 平行線路の電気力線(線路幅が大きい場合)
図 17 図15、図16を正電荷の位置で重ねた図
「輻射」「放射」
電磁波の輻射は「放射」ともいはれてゐる。本来は輻射である。これは昭和21年に文部省が漢字制限の意図をもつて制定した当用漢字表にない漢字であつたため、理科の学会が別の意味であつた「放射」を輻射の代りに当てた。私はこの経緯を考慮して輻射の意味で放射の語を使はないことにしてゐる。今でも物理分野では輻射の語を使ふことが多い。
線路の長さがλ/4になる周波数で共振現象が起こり線路にエネルギーが蓄へられる。その結果伝送線路から電磁波が漏れる絶対値が大きくなる。これは伝送線路から漏れるエネルギーの比率は変らないが、共振により線路に蓄へられるエネルギーが増えるため総合的に輻射されるエネルギーが大きくなるからである。
伝送線路であるから積極的に電磁波を輻射するものではない。しかし共振により本来の意図とは別に漏れが大きくなる。
一方これを積極的に利用したものがλ/2ダイポールアンテナである。両方の線が相互に電磁界を打ち消さないやうに90°開いて一直線に変形する。
すると二つの線の電流の向きが一致するので電磁界を強め合ひ、打ち消し効果がなくなる。全長がλ/2になるのでλ/2ダイポールアンテナと呼ばれる。
λ/2ダイポールアンテナ
AM中波放送局のアンテナ
※斜めの線はアンテナを支へる支線であり電気的にアンテナを構成するものではない。
VHF、UHFテレビアンテナ
偏波とは大地に対する電磁波の電場(電界)が変化する方向をいふ。基本的には、アンテナで電荷が動く方向が偏波の方向になる。例へば6-2-2のλ/2ダイポールアンテナは導体が縦になつてゐるので垂直偏波になる。
中波AM放送局のアンテナは垂直偏波である。超短波のFM放送、テレビ放送は水平偏波で放送してゐる。テレビアンテナは水平に設置する。
文献
改訂 H25.9.6
作成 H23.10.29